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 日本を変革できる「国民の社会契約制度」(仮称)
日時: 2014/03/01 15:05
名前: 光星 友一   <yasuminagai999@hotmail.com>


今、わたしたちの国に生じ、襲いかかり、混迷を深めている内的、外的諸問題。
少子化、周辺諸国との摩擦、領土問題、北朝鮮、拉致、普天間、TTP,憲法、年金、医療、格差、公共事業等々。
そして何よりも、それら対策の帰結として積み上がった膨大な国家債務。さまざまな
手段で取り繕ってはいるが、この国の財政はすでに破綻しています。

これまで、さまざまな対策、政策がなされたにもかかわらず、問題の抜本的解決ができないでいる本当の理由は何か。「結果」には必ず、そうなった原因があるはずで、
それを知らないで、政治家 達がどんなに鳩首を重ねても徒労に終わるでしょう。

2009年,国民の大きな期待を集め、政権交代を成し遂げて誕生した民主党政権が、なぜ、わずか3年で挫折したのか。それも、この原因によるものです。

では、そのような必然的な結果をもたらす根本的な「原因」とは一体何でしょうか? それは、多くの国民が,、自分が所属し、棲み、生活している国のことを、どう思い、その営みにどのくらい関心を持ち、関わっているかということに関係があります。

選挙の時はもちろん、日常、国とその出来事に対する、国民の「意識」は、その国の
運命を左右するのではないでしょうか。

眼前に姿を現す難題を、個別の課題としてのみ捉えるため、目先の場当たり的な対応に追われ、妥協や先送りで糊塗してきました。でも、問題は、表面には見えにくい、根っこの部分で繋がり、互いに関連し合っていますから、あたかも大木が、何らかの原因で根を腐らすと、枝葉も枯れてしまうように、 国全体がおかしくなって行くのだと思い
ます。では、どのように繋がっているのでしょうか。

この国の諸問題が、一見、どんなに大きく複雑に見えても、その根っこは、たった一つです。少しだけ視点を変えて見ると、よく見えてくるし、とてもわかりやすいことです。その、たった一つの原因「根っこ」とは「国家と国民の関係の崩壊」です。

つまり、この国では、その根源である主権者と国家の間、さらには、国民同士の正常な連帯の関係が成立していない。これは、さまざまな事情と状況証拠から明らかです。
その、ほんの一例、国民年金の未納問題。なんと、加入義務者の4割もの人たちが保険料を納めていない。これは「国民年金法」によって定められた、国民と国家間の、言わば「契約」なんですがね。

そうなってしまった理由の主なものは、多くの国民が、権利は主張するが責任は負わない、いわゆる「戦後民主主義」の弊害であり、状況証拠と言えば、やはり、各級選挙における投票率の異常な低さや、巨額な国の借金に対する、国民多くの、無関心と傍観でしょう。

もっと、議員や官僚に解決を強く迫るべきではないでしょうか。街頭やネットでのデモなど、やる気があれば方法はあると思います。

前回の国会議員総選挙でも、国民有権者10人の内4人もの人たちが、選挙権を放棄している。これは もう慣れっこになっていて、当の政治家たちでさえ、仕方ない事のように黙認し、それを前提に計算 しながら相変わらずの票取り合戦に明け暮れている。彼らの
方も、国民の政治意識を信用していない。

まじめに政治活動をし、政見を訴えても、負担を伴い耳障りの良くない政策には、拒否反応しか返ってこない。だから、手っ取り早く、バラまきとかの、安易な集票策に頼る。

これらの要因から検証すると、つまりは、主権者として、わたしたち国民の、国や、
その政治に対する意識を、根本から変える必要があるということです。はたして、
そんなことができる方法があるでしょうか。

ヒントとカギは二つあります。ひとつは 1868年、慶応4年3月14日、維新政府が発表した、政治基本方針である、五箇条の誓文です。

明治維新の意義とはなんでしょうか。薩長連合から大政奉還を経て、幕藩体制が崩壊し明治政府が誕生した大変革とともに、それまで封建制度の下にあった日本人が、木戸孝允らの策略により制定されたこの誓文と「国威宣揚の震翰」「五傍の掲示」によって、一様に,国の一員「日本国民」となった事ではないでしょうか。

もうひとつは、18世紀フランスの哲学者、ルソーによる「社会契約論」です。人間が営む「社会集団」としての国家が、その目的のために正常に機能するためには、そこに所属しそれを構成する国民すべてが、その役割を果たさなければならないのですが、そのためには、それが可能となる体制、仕組みをつくる必要があります。

その原理は単純で、一般社会のどこにでもある相互協力の仕組みや組織、会員制のクラブ等、多数の個人が加入し、契約に基づいて、そこから生じる権利や恩恵を受けると同時に、定められた責務を受任し果たす、協同体のかたちを、国に当てはめるということです。

ふしぎなことに、今、この日本国には、国民相互の、契約による連帯の関係、国と国民の関係、それによって生じる「協力」による国家の運営がなされていない。ですから、その「関係」を一定の「方策」で再建しなければなりません。その方策とは、仮に「国民の社会契約制度」の創設です。

わたしたち人間は、環境の動物とも言われるように、置かれた周囲の状況に、しだいに順応します。順応できます。自分のまわりの人たちがしていることに同調する傾向があります。明治維新の時が
そうでした。戦後の、アメリカ式民主主義がそうでした。初めは抵抗があったものの、制定された
「ならわし」を認知していきました。もちろん、その必要性があったからです。

制度創設への計画、手続きを簡略に表すと。はじめに、1、制度の趣旨と理論を全国民に「開示」する。2、この制度への賛否を国民投票により問う。3、有権者過半数の賛成により、国会で承認を受ける。これは「議決」ではなく「承認」の形をとる。4、制定される制度の主旨と内容を宣揚する。

<宣揚の 要旨> わたしたちの日本国は、悠久の歴史を有するとともに、個人の生存、身体と財産の保護、ならびに、福利を根幹とする国家目的を有する。そのために求められる各個人同士の協力関係、約束を「社会契約」とし、その枠組みに従って個人の自由な意思が保障される国家である。

この目的と、人々の権利の集約ゆえに、意思を持つ国家が成立できる。この意思は、共同体の
個人が、市民として、各人の合意で形成したものであり、国家の意思が決定されてからは、個人は、
国民として、絶対服従しなければならない。

なぜならば、国家の意思とは、各個人が求める私的利益とは反対に、公共利益を指向するものだからである。したがって、国家の意思をもたらす各個人は、主権者となる。国民の決議を最大限に正しくするために、国民全員の参政範囲を、効率的に拡大するとともに。立法者の役割を縮小する。

5、制度の、公的「運営委員会」による、運営と制度管理の規定を確定する。6、上記の趣旨を実現するため、インターネット上に、公的でソーシャ ルな「公式サイト」を設置する。そこに、日本国籍を有する全員の「存在証明の要件項目」ならびに、個人の権利と責務の範囲を明記し、国民「公民」としての公的な
立場を名実ともに確立させる。

それは、一人ひとり、参政のための公式ホームページでもあり、そこから、個人としての、あらゆる政治的な主張や行動も、容易に自由にできるようになる。それによって、ネット選挙が実効化され、参政の範囲が拡大される。この公式サイトは国家管理ではなく、管理と運営は上記規定のとおり、国民から選ばれた、専門の委員による委員会によって行われる。

以上、この制度が可能となる、わが国独特の背景、素地として、聖徳太子の十七条憲法以来、“和をもって尊しとなす”の、協和、協調を重んじる、わたしたち日本人のDNAが、今なお生き続けていることを
上げさせていただきたい。
メンテ

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光星さん ( No.1 )
日時: 2014/03/01 15:55
名前: あー

>国家と国民の関係の崩壊

そこまで気が付いているんだけど、惜しいなぁ。
正にその通りなんだよ。今の選挙制度が民意を国会に反映させてないから腐敗した政治状態になっているんだよ。

議会制民主主義の基本は、公正な選挙なんだから、まずそれを実現することだ。
メンテ

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